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【プレスリリース】本邦のPTSDの心理療法に新たな選択肢 −認知処理療法(CPT)の実行可能性を確認−
2023-01-05 研究業績

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)認知行動療法センター(CBT、センター長:久我弘典)の伊藤正哉研究開発部長および堀越勝特命部長らの研究グループは,筑波大学医学医療系の森田展彰准教授らの研究グループと共同で,心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対する認知処理療法(Cognitive processing therapy; CPT)1)の前後比較試験を実施し,この治療が日本でも実施可能であり,患者の症状が改善したことを報告しました。 

 

PTSDは,災害,身体的・性的虐待や暴行,事故,戦闘,暴力や死の目撃などの心的外傷を受けたあとに発症し,日常生活に支障をもたらします。日本におけるPTSD治療ガイドラインでは,専門的な心理療法のニーズが十分に満たされていないと指摘されており,国内で実施されたPTSDの心理療法に関する臨床試験も未だ少数です。そうした状況の下,日本の臨床現場におけるPTSD治療の選択肢を増やすことを期待して,本研究は取り組まれました。 

 

この研究成果は,日本時間2022年12月14日午後7時に国際精神医学誌「Journal of Traumatic Stress」オンライン版に掲載されました。 

 

■研究の背景 

 PTSDは,生命の危険や重傷を負うようなトラウマティックな出来事に遭遇した人が,再体験,回避,覚醒亢進,否定的な考えや感情といった症状によって機能障害を起こしている状態を指します。日本ではPTSDの有病率は海外と比べて低いものの,患者さんの半数以上が重度の症状を経験していることが,調査からわかっています。また,重度の症状を抱えながらも,ほとんどの患者さんが治療を受けていない現状があります。 

 PTSDの治療ガイドラインや系統的レビューでは,効果的な治療として,トラウマを扱う認知行動療法を推奨しています。代表的なものに持続エクスポージャー療法(PE),認知処理療法(CPT),眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)があります。これらの治療法は,いずれもトラウマに焦点を当てた認知行動療法であるという点で共通していますが,治療理論や作用機序,治療方法が異なります。国内ではすでに,犯罪被害を受けたPTSDの患者さんに対するPEの有効性が示されていますが,PTSD治療が行き届いているとは言い難い現状からは,治療の選択肢を充実させる試みは急務と言えます。 

そうした背景から,本研究では,本邦で活用できるPTSDの治療選択肢の一つとして,CPTに着目しました。CPTは,海外で有効性を示すエビデンスが多く蓄積されているものの,本邦で行われた臨床研究の結果は未だ報告されたことがありませんでした。この治療は米国で開発され,有効性の検討の多くは西洋文化圏で行われたものであったため,文化や制度の異なる日本でも同じように実施できるか,また,同等の効果が得られるかどうかを確認する必要がありました。 

 

■研究の概要 

 本研究では,DSM-Ⅳの基準でPTSDと診断された成人の患者さんを対象として,CPTの実施可能性,受容性,治療成果を調べるために,対照群を置かない前後比較試験を実施しました。25名の患者さんが研究に登録され,NCNPまたは共同研究機関の外来で,CPTの治療を受けました。治療はCPTの日本語版のマニュアルに基づき行われ,研究への参加者は,1回50分,全12回の治療セッションと,毎回課される自宅での練習課題に取り組みました。 

 治療の効果はPTSD臨床診断面接尺度(CAPS)2)を用いて測定されたPTSD症状としました。その他に,うつ症状,不安症状,トラウマに関連した認知,主観的QOLについても評価しました。治療開始前,治療終了時,治療終了から6ヵ月後,12ヵ月の4回に渡って評価を行い,治療開始前と他の3時点の評価結果を比較しました。また,治療の実施可能性や受容性を検討するために,研究参加が中止になる人の割合と,重篤な有害事象の発生率も確認しました。 

 研究の結果,参加者は平均して13回,CPTのセッションに参加し,治療を完遂した人の割合は96.0%でした。研究参加中に入院した人が1名あり,これは重篤な有害事象として捉えられました。PTSD症状の評価では,治療前と比べて治療終了時および6ヵ月後,12ヵ月後の症状に有意な(=統計的に意味のある)改善が認められ,その効果量も大きなものでした(治療終了時 g = -2.28; 6ヵ月後 g = -2.95; 12ヵ月後 g = -2.15)。同様に,うつ症状をはじめとした様々な評価項目においても有意な改善が認められ,効果量の大きさは中〜大でした。これらの結果は,日本の臨床環境においてCPTが実施・受容可能であり,有効性が期待できることを示唆するものと考えられます。 

 

■今後の展望 

本研究の結果から,CPTは本邦のPTSD患者さんにも適用可能であり,海外の先行研究 と同等の効果が期待できることが示唆されました。また,研究に参加された方の治療中断率は低く,CPTは安全面において優れている可能性が示されました。 

今後は,予備試験で得られた結果をもとに,CPTの有効性をより厳格な方法で検証する必要があります。認知行動療法センターでは現在,58名を目標参加者数とするランダム化比較試験を実施しています(UMIN000021670「心的外傷後ストレス障害に対する認知処理療法の有効性に関するランダム化比較試験:SPINET (安全,力,親密さ,価値,信頼を取り戻す)」)。 

本研究にご参加くださった患者さまにこの場を借りて,深く御礼申し上げます。 

■用語の説明 

1)認知処理療法(Cognitive processing therapy; CPT): 米国のPatricia Resick博士,Kathleen Chard博士,Candice Monson博士によって,1980年代後半に開発された心理療法。PTSDに対するマニュアル化された認知行動療法であり,トラウマティックな出来事の意味のほか,自己,他者,および世界に関する不適応的な考えを再構築することによって,出来事に纏わる感情処理を促進することに焦点を当てる。児童虐待,戦闘,レイプ,自然災害など様々な心的外傷に関連するPTSD症状の軽減に有効であることが示され,PTSD治療ガイドラインや系統的レビューにおいて,効果的な心理療法として推奨されている。 

2)PTSD臨床診断面接尺度(Clinician-Administered PTSD Scale; CAPS):米国国立PTSDセンターで開発された,PTSD診断用の構造化面接尺度。DSMの診断基準に則り,各症状の頻度と強度が評価される。PTSDの症状評価および診断に高い精度を発揮することが示されており,多くの臨床研究,薬剤治験等の尺度としての信頼性と妥当性が検証されている。 

■原著論文情報 

・論文名:Feasibility, acceptability, and preliminary efficacy of cognitive processing therapy in Japanese patients with posttraumatic stress disorder 

・著者:Yuriko Takagishi, Masaya Ito, Ayako Kanie, Nobuaki Morita, Miyuki Makino, Akiko Katayanagi, Tamae Sato, Fumi Imamura, Satomi Nakajima, Yuki Oe, Masami Kashimura, Akiko Kikuchi, Tomomi Narisawa, Masaru Horikoshi 

・掲載誌: Journal of Traumatic Stress  

・doi: 10.1002/jts.22901  

・https://doi.org/10.1002/jts.22901 

■研究経費 

本研究結果は,以下の補助金の支援を受けて行われました。 

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)(24330204,19H01767,22H01097) 

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)(15H01979) 

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究(19K14424) 

■お問い合わせ先 

【研究に関するお問い合わせ】 

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター  

認知行動療法センター研究開発部  

伊藤正哉 

〒187-8502 東京都小平市小川東町 4-1-1  

TEL: 042-341-2711 

E-mail: masayait(a)ncnp.go.jp 

 

【報道に関するお問い合わせ】 

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 

総務課 広報室 

〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1  

TEL:042-341-2711(代表) FAX:042-344-6745 

E-mail: ncnp-kouhou(a)ncnp.go.jp 

 

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